ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第六十二話「兵力なき砦、フネなき艦隊」




「ラ・ロシェールまで十リーグ!」
「敵艦影、見えず!」
 ラ・ロシェールの世界樹が見えた頃、時刻は昼過ぎになっていた。
 既にアンリエッタがラ・ロシェール入りしたことは、リシャールらも確認している。先ほどすれ違ったトリステインの竜騎士より、あちらの状況は既に聞かされていた。
「停止だ! 速度落とせ!
 投錨用意!」
 聞かされた報告は酷い有様だった。
 トリステインの主力を騙し討ちにしたアルビオン艦隊は返す刀でラ・ロシェールを砲撃、整備中補給中のフネを使いものにならなくしたばかりか、ぐるりと一周しながら攻撃を加え港湾機能の大半を奪ったという。
「ビュシエール、手筈通りに!」
「了解であります!」
 同じく報告によれば、敵艦隊は現在ラ・ロシェールから数リーグほど離れた空域を遊弋していた。幸い今は両軍共に休止、戦線は小康状態を保っている。いや、本格的な地上侵攻の準備をはじめていると見るべきか。
「どちらにせよ、夕刻までにはもどります!」
「了解!」
「アーシャ! ラ・ロシェール! 低く飛んで!」
「きゅいー!」
 百メイルも高度を上げれば丘の向こうは見えるが、油断無く警戒しているのだぞとこれ見よがしに飛んでいる竜騎士隊とは異なり、こちらは見つかって得になることなど何もない。
 リシャールはアーシャに艦長とジュリアンを乗せ、ラ・ロシェールを目指した。

 降り立ったラ・ロシェールは想像以上に酷い有様だった。
 既に幾度も砲撃を受けたらしく、破壊された家々とその合間に構築されつつある陣地の対比が妙に生々しい。住民は避難を終えているようで、兵士と貴族だけが目に入った。見上げれば、大樹から伸びた桟橋も未だ燻っている。
「こちらであります!」
「ありがとう!」
 アーシャを見て駆けつけてきた魔法衛士隊の騎士に案内された先に司令部の天幕はなく、代わりに宿屋が一つ接収され周囲を魔法衛士隊が守っていた。いつぞや、ラ・ラメーを迎えに来たあの宿だ。
 アンリエッタは明らかに食堂の椅子とわかるそれに腰掛けて、マザリーニを従えていた。
「リシャール、ご苦労様。
 竜騎士は助かったわ」
「間に合って良かったよ」
「ラ・ラメー艦長も、お久しぶりですね。
 ……よろしく頼みます」
「はっ!」
 こちらも忙しそうではあったが、司令部に居並んだ貴族達に右往左往している様子はない。……血の気が多そうで暴発の方が心配だが、今のところ統制は取れている様子だった。第一陣に間に合った数少ない職業軍人は、今はラ・ロシェール内の各陣地などに散らばっているそうだ。
 彼我の戦力と配置を軽く聞き取り、何から手を着けようかと考える。
 聞き込んだところに因れば、大樹の上……空海軍は当然ながらこちらよりも酷い様子だった。怪我人の手当とフネの修理など、出来ることから手を着けてはいるものの、組織としては成り立っていない様子である。
「……アンリエッタ、ちょっといいかな?
 猊下もよろしいですか?」
 こちらが仕掛ける夜襲の中身と、おそらくは敵が取るであろう対応について手短に伝える。ついでに陣地戦に詳しい陸軍士官を借り受ける約束も取り付けた。
「兵力差は少しでも補わないと、後がね……。
 それに、上もまともなフネが残ってるかどうか怪しい」
「まるで夜盗ですな。今更でありますが……。
 それに同じ手を使われるとわかっているなら、準備にも時間を取れます故防ぎようもありましょう」
「それも酷いわね。
 いいわリシャール、やって頂戴。
 陸軍にも準備をさせておきます」
 こちらはまだ増える予定だが、現状トリステイン側は陸上兵力がおよそ四百、航空兵力が竜騎士四十とフリゲート一隻、対して神聖アルビオンは無傷の兵士三千に、超大型戦列艦『レキシントン』……旧『ロイヤル・ソヴリン』を中心とした十隻ほどの戦列艦を主力とする二十隻少々の『大』兵力だ。無論、ご自慢の竜騎士も、先の内戦で数を減らしたとは言え十分な数をこちらに回しているようだった。初手たる大陸への橋頭堡の確保が成功すれば、更なる補給と追加の兵力を送り込んでくるだろう。たとえ僅かでも、敵のやる気を削っておきたいところだった。
 この初手を少ない被害で、なおかつ早期に頓挫させればその後が色々変わってくるのだが、敵も馬鹿ではないはずだ。同盟の締結こそ成ったが、アンリエッタはまだ輿入れ前という面倒なこの時期を狙い、騙し討ちであれ何であれ手を出してきたことがその証拠である。
 だがまあ、それは今悩むべき問題ではない。
「ちょっと上に行って、引っかき回す準備をしてくるよ」
「ええ、わかったわ」
 アンリエッタと頷きあって、司令部を後にする。
 何を、とは言わなかった。

 空海軍司令部は枝葉に伸ばした桟橋よりもまだ上、世界樹の頂部に位置している。長い階段を駆け上がるよりは飛んだ方が早い。アルビオンに見つかっては面倒かと、大樹の裏側に回るまでは超低空で飛行し、アーシャを一気に駆け上がらせる。
「きゅいー」
「陛下、司令部の右裏手なら多少広かったかと」
 控えめに見ても、軍港周辺は地上よりも念入りに砲撃を受けていたのではないかと思われた。特に桟橋と司令部周辺には、まだ薄靄が立ちこめている。無論、民間船が使うその下のあたりの方がましかと言えば、返答に窮する程度の差ではあったが……。
「うわ……」
「……司令部が、ありませんな」
「ともかく、一度降りましょう。
 アーシャ!」
「きゅ!」
 ただ、リシャールも幾度か訪れたことのある空海軍司令部は、建物その物が跡形もなく吹き飛ばされていた。蛇にしても軍隊にしても頭を潰すのは戦いの基本だが、こうまで徹底されると腹立たしい。
 水兵達が瓦礫の片付けを行っている近くにアーシャを降ろし、しばらくここにいるよう言い含める。
 ラ・ラメーは途中で杖を振って飛び降りた。
 当たり前過ぎて普段は忘れているが、トリステイン空海軍は彼が人生の大半を過ごしてきた古巣である。その横っ面をはり倒されて、どうして黙っていられようか。
「おい、水兵!
 仮の司令部はどこか!」
 怒鳴られた若い水兵は雰囲気でラ・ラメーを『偉い人』だと認識したのか、大音声に背筋を伸ばして直立不動になった。
「はい!
 いいえ、自分は知りません!」
「ではこれは、誰の指示か?」
「はい、第二船渠の副監督官トレウアール海佐であります!」
「よろしい!
 ……ところで士官が見あたらぬようだが、作業の監督は誰が行っている?」
「自分であります!」
 年かさの水兵が近づいてきて、こちらに敬礼をした。ラ・ラメーの顔を知っているのだろう、彼は少し驚いた様子できびきびと質問に答えた。
 この隊は、現状、艦隊も工廠も機能せず補修資材の行き来どころか人の往来もままならないので、せめて交通の便をよくすべしと命ぜられ、方々に散って通路や階段部分の瓦礫撤去を行っているのだという。司令部は建物ごと壊滅しているので指示もなく、非効率でもともかく出来ることからやれと個艦単位、あるいは部署単位で行動をしているらしい。
 この状況で動けているだけ大した物だと、リシャールは内心で嘆息した。
「桟橋の方はどうか?
 状況は知っておるか?」
「……艦隊は壊滅です。
 桟橋ほど酷くはありませんが、船渠や工廠も無事ではありません」
 水兵は苦々しい表情で、眼下遙かに遊弋するアルビオン艦隊を見やった。
 そう、ここからは敵艦隊がよく見えるのだ。もちろん、往事にはラ・ロシェールに入港しようとするフネもよく見えた。大砲の射程は人の視程ほど長くない。
 ……自分たちは、その様な距離で戦争を行っているのだ。
「陛下、桟橋へ降りましょう」
「先ずは人集め、ですね」
 勝手知ったる古巣とばかりに、ラ・ラメーは下の階層へと足を進めた。

「……」
「……ふむ」
 軍港の主要な桟橋がある西側は主要航路であるアルビオン方面に向いており、特に被害が大きかった。
 道中酷い酷いと聞かされてはいたが、目の当たりにするとやはり言葉を失うしかない。
 神聖アルビオン艦隊が起こした砲煙弾雨の嵐は、ラ・ロシェールの軍港機能をほぼ奪っていた。一隻二隻は残っているかと思ったが、とても期待は出来そうにない。
 艦隊は滅茶苦茶だ。
 残った艦の殆どは穴が開いていた。活気がある……というより、半ばやけくそ気味に水兵が走り回っている艦もあれば、人の気配がなく沈黙している艦もあった。あるいは桟橋ごと焼け落ちた時に火薬が爆発したのだろう、焼け残った竜骨とバラストに積んだ石だけが桟橋のなれの果てに引っかかっているフネさえあった。あれでは生き残りも居まい。
 桟橋の基部には腕を組まされた死体が並べられていて、そのすぐ近くでは瓦礫の撤去作業も続けて行われている。
 ラ・ラメーは黙り込んだまま、一番手前にあった戦列艦に近づいていった。艦首と帆は焼け落ち、各所に穴も開いているが、人の気配がある。リシャールは艦尾を見上げて、『トリダン』と言う名を知った。
「この『トリダン』は生きておるようです」
「ラ・ラメー艦長!?」
「む?
 チエリか!」
 桟橋側から舷側に取り付き、補修作業を指揮していた壮年の水兵がこちらに気付いて走ってきた。階級章を見れば航海士だ。
「お久しぶりであります!
 現役復帰であられますか?」
「まあ、そんなようなところだ。
 チエリ、『トリダン』に士官は何人残っておるか?」
「はっ!
 生き残り士官は六名、現在は掌帆長が指揮を執っておられます。
 艦長、副長戦死、航海長と掌砲長は重傷です」
「……案内せよ」
 チエリは余計なことを口にせず、三人を艦に案内した。

 ラ・ラメーは『トリダン』掌帆長より戦況を簡単に聞きだした後、若い海尉二名とチエリを含む十名ほどの水兵を強引に借りて、桟橋の瓦礫が比較的少なかった入り口付近に仮設の司令部を設けた。
 今のところ、司令部らしい設備は『トリダン』から持ち出された海図台ひとつきりである。
「よし、貴様は順に戦列艦を回り、艦長もしくは艦長職を代行している最先任の指揮官に出頭命令を伝え、連絡士官とともに水兵一隊づつを差し出させろ。それから生き残りの将官がおるようなら、やはり司令部に出頭させろ。
 そっちの貴様はフリゲート以下のフネを同様に回れ。こちらは艦長か代理の他に連絡士官一名のみでいいが、士官は人の都合が付かんようなら平の航海士でも構わん。
 ぐだぐだ抜かすようなら抗命罪に問うと脅してやれ。
 急げ!」
 海尉たちが走り出し、水兵らが方々から机や椅子を調達に行く間、リシャールは拝借した紙束と筆記具を用いて命令書の下書きを作っていた。
 ジュリアンは『トリダン』の水兵に案内され、水の調達に向かっている。ワインや香茶とまでは言わないが、喉の渇きだけでも潤せれば長丁場も少しはましになるだろう。
「ああは言いましたが……生き残りの将官を見つけるのは、難しいかもしれませんな」
「望み薄ですか?」
 ラ・ラメーがフンと鼻を鳴らす。
「大半が歓迎の為に『メルカトール』に乗り組んでいたか、同じく司令部に集合が掛けられていたかでしょう。仮想敵国とは言えどアルビオン親善艦隊は国賓でしたからな、それが徒になったのだと思います。
 ……運良く司令部の外に出ていた者でもいれば、我々が到着するまでにもう少しましなまとめ方をされていた筈です。
 ついでに任務中でラ・ロシェールを離れて居った者がいるなら、そいつにとっても空海軍にとっても幸運ですな」
 トリステインは貧乏国故に、昔はあった東方艦隊も解隊されて久しく、本国艦隊も空海賊討伐艦隊も所属はこのラ・ロシェールであった。王都には連絡事務所こそあるものの実戦部隊はない。
 この一戦を乗り切ったとて、その後トリステインの空海軍が高級指揮官の不足に悩まされることは確実だった。

 そう時間も経たぬうちに、各艦長らが集合し始めた。集められた連絡士官の幾人かは、早速補給廠や工廠へと走らされている。
 流石に艦長たちや古参の士官らにはラ・ラメーが誰か一目で分かったようで、説明も紹介もない。皆それぞれに、言いたいことを飲み込んでいる様子だ。
 待たせる間にも戦況の聞き取りが行われ、リシャールも命令書を書き上げつつ状況の把握に務めた。
「今ラ・ロシェールから離れて任務に当たっているフネは、どのぐらいだ?
 司令部が跡形もなくなっておるので皆目わからん。不確実でも構わんから、貴官らの知っている限りを話せ」
「はっ!
 ロサイス方面は式典に合わせ、全部引き上げていたはずです」
「ガリア方面にフリゲートが二、三隻出とったと思います。
 これは例の空海賊狩りをやっとるフネであります」
「出ているのは『ルタンティール』と『アストロラーブ』の二隻です。
 『アミラル・トレウアール』は昨日帰ってきております。西の三番か四番に泊まっていたのは見ました」
 グラモン艦長の『ルタンティール』は幸運にも難を逃れたようだが、任務中では連絡が付かず、司令部のない今戻ってくるのが何時になるかわからない。
「あのあたりは砲撃が一番酷かったはずだ。……たぶん燃えたな」
「それから、今日の日付ならまだゲルマニアでしょうが、『ラ・レアル・ド・トリステイン』があちらでアンリエッタ殿下をお迎えする予定でした。
 随伴艦ともども、この騒ぎで戻ってくるとは思いますが……」
「無事は良いが三日は必要か……」
「他に軍籍の輸送艦が数隻、ガリアなどに出ておったはずであります」
「よろしい。
 セルフィーユからも呼んであるが、まともに投入出来るのは戦列艦一隻とフリゲート二隻、あとは非武装同然の旧式艦か小物だ。
 これを交替で使うわけだが……」
 そうこうする内に、ほぼ指揮官全員が集合したと見える。工廠に向かわせた士官たちも戻ってきていた。将官は五人ほど見つかっていたが皆揃って重傷であり、指揮をさせることは出来ない様子である。
「陛下」
「そちらは……いいですか?」
 ラ・ラメーがこちらを見て頷いたので、リシャールも手を止めて立ち上がった。
「はっ!
 全員傾注せよ!」
 ラ・ラメーが陛下と呼びかけたので、皆がぎょっとした表情でこちらを見た。ずっと下を向いて書き物をしていたので、書記官か何かだと思われていたようである。……飛行時に落としては困ると、略冠は懐にしまいこんでいたままだった。それを頭に乗せると、ついでにアンリエッタの手による任命書を取りだし、皆に示す。
「アンリエッタ王太女殿下よりトリステイン空海軍司令長官に任じられたセルフィーユ王国国王、リシャールです。
 ……ラ・ロシェールの総司令部は壊滅しましたが、我々には悼んでいる暇もありません」
 リシャールは自分の国籍を棚に上げ、『我々』と表現して見せた。僅かでも協調を得ておきたい気持ちもあるが、こちらでの人生の大半はトリステインで過ごしたという事実もある。
「同時に我々は、決して諦めるわけにはいきません。
 基本方針は第一にアンリエッタ殿下の安全、第二に神聖アルビオン艦隊の無力化。
 この二つだけですが、可能な限り考慮して下さい。
 そこに敵が居るから突っ込めなどと阿呆な命令を出す気はありませんが……」
 継戦能力の維持……と言いたいところだが、既にそのようなものはない。
 皆の顔を見回しつつ、ここからが本番かなと思案する。……心に少し余裕を見つけ、リシャールは小さく笑みを浮かべた。
「最低でも数週間は持ちこたえなくてはなりませんから、修理の出来たフネは計画的に運用するよう命じます。
 一隻突っ込ませて場当たり的に時間を稼ぐ……などという贅沢をする余裕は、本当にないんです。当然、頭に血を上らせた勢いだけの戦闘も許しません。
 本番はこの一戦を耐えきって後、恐らくは行われるであろうアルビオン遠征です。
 そこでこそ、貴官ら本来の戦い振りを思う存分発揮して下さい」
 小僧が何を言ってやがる、という雰囲気はなかった。……リシャールの背後でラ・ラメーが睨みを効かせているから、ということもない。
 なぜなら現在、ラ・ロシェールにすぐ動かせるフネは一隻もないのだ。しかも司令長官は、王太女殿下の肝いりで信任も厚いとは言えども外様である。これがどういう意味を示しているかは、彼らの方がよく分かっているのだろう。
「よろしい。
 貴官らの勇戦と忍耐に期待します」
「総員気を付け! 敬礼!」
 その場にいた全員が、ラ・ラメーの号令に倣った。

 すぐさま指揮系統の再編と修理の優先順位を話し合う艦長や指揮官らを横目に、リシャールは瓦礫を幾つか拾ってきて杖を抜いた。
 夜襲に必要な小道具の準備である。
「……」
 本当の意味での『酷いこと』を自ら率先して行うので、気分はあまり乗っていない。この不利な状況では仕方がないと、自分に言い訳する気にもなれなかった。
 だが実際にはラ・ラメーの賛同を受け、ビュシエールに下準備を命じ、アンリエッタの裁可も貰っている。止められないわけではないが……今更だ。
「よし、工廠は人手と資材をこちらに回して最優先で『ブヴィーヌ』の修理!」
「各艦も船匠班とメイジ士官を出せ!」
「風石はどうだ?」
「倉庫は爆散、西側からだと遠回りになります。
 隣接している艦から融通させます」
 ラ・ラメーは修理を諦めざるを得ない大破艦の艦長を司令部の幕僚として迎え入れ、補給、修理、陸軍支援などの担当を割り振っていた。
「伝令!
 民間桟橋の方に比較的損傷軽微な商船あり! 数は二!
 他はこちらと似たような状況であります!」
「よし、その二隻は徴発の上修理だ。重傷者の後送に使うぞ」
「それが閣下、一隻はゲルマニア船籍であります」
「よし、その船長を連れて来い!
 直談判する」
 小道具その物は、思いつくのも簡単だったし、仕組みも想像がついたので作業もそれほど難しくはなかった。錬金で材料を揃えたガラスと油と鉄と、あとはジュリアンに言って探させた麻紐と瓦礫の中にあった棒きれをブレイドで切断して組み合わせただけの代物だ。現代世界の技術……と言えなくもないが、仕掛けそのものは軍事機密ですらない。
 ただ、あまり流行って欲しくはないなと、リシャールは内心で嘆息した。
「艦長」
「陛下、それが例の……?」
「ええ。
 不格好ですが、まあ、大丈夫でしょう。
 精度の方は劣悪だと自覚していますし、実働部隊にもそこまでは要求できません」
 出来上がったそれは一抱えもある大きさだった。
 ラ・ラメーにも試して貰う。
「本番では下向きに使うんですが、ここじゃ桟橋の床になりますから……」
「……ふむ、確かに。
 仕掛けに不思議はないにも関わらず、陛下の仰ったとおりに見えますな」
「はい。
 ……じゃあ、ちょっと行ってきます。
 ジュリアンを借りますね」
「はっ!
 こちらはお任せ下さい」
 リシャールは待機していたジュリアンに望遠鏡を持ってついてくるよう命じ、杖を振るって作ったばかりの小道具を持ち上げた。
「『ブヴィーヌ』の目処が立てば、『アンフェルネ』にもかかれ!」
 ラ・ラメーは明日中にもう一隻、確保するつもりらしい。
 嫌がらせは、継続することが大切なのだ。
「よし、僕らも行こうか」
「はい、陛下!」
 ジュリアンも実家のあるタルブが心配だろうに、そんな様子は見せずしっかりと職務を果たしている。
 ……王様が迷っていては話にならないなと、リシャールは気を引き締めた。






←PREV INDEX NEXT→