ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
挿話その十九「伝説の復活」




 真面目な態度は好感を持てるし、仕事も滞りない。
 ……しかし、花がない。
 トリステイン魔法学院の学院長オスマンは、新しく雇い入れた男性秘書の背中を眺めながらどうでもいいことを考えていた。
 ヴィンドボナで行われるアンリエッタ王太女とゲルマニア皇帝の結婚式出席のための準備は、既に終わっている。生徒の幾人かと同様に、オスマンも迎えの馬車が到着するのを待っていた。
 その時……。
「なんでしょう?」
「ふむ、なにやら騒がしいの?」
 階下でどたどたと走り回る音が聞こえ、学院長室の扉ががんがん叩かれたかと思うと、誰何の暇なく開け放たれた。
 礼もそこそこに姿勢を正した青年貴族に、オスマンも身構える。
「伝令! 伝令!
 神聖アルビオンがトリステインに宣戦布告!
 既に戦端が開かれております!!」
「何じゃと!?」
 大声を上げながら駆け込んできたのは、腕章を付けた王宮の官吏であった。
 そもそも、『伝令』は軍人の仕事、王宮も混乱の極みに至っているか、はたまた文官も貴族令によって戦闘序列に組み入れられたか……恐らくは後者であろうとあたりをつける。
 戦争が始まったことについては、オスマンもそれほど驚いていない。時期が少々早回しされただけで、戦争が始まるかもしれないという噂は市井にも流れていた。
「敵は超大型の戦列艦を中心とする大艦隊でこちらを奇襲、既にトリステインの空海軍は全滅しております!
 現在はラ・ロシェール近郊にて敵味方両軍が対峙、タルブに降下した敵軍は我が物顔で暴れ回って近隣の村を焼いているとのこと!
 敵は空より支援を受けた優勢な三千余、こちらの不利は免れ得ぬが、援軍が集うまでは何としてでも持ちこたえると姫殿下は仰せです!
 また学院に於いては生徒の安全を第一に考え一時閉鎖、但し、生徒達を学院に留まらせるか退避させるかは学院長殿に判断を委ねるとのことであります!」
 戦況はともかく、その判断は悪くないとオスマンは頷いた。
 生徒の安全は元より気に掛けるところだが、逃げて良いとはなかなか言えることではない。……アンリエッタ姫の即位もそう遠くない今、王宮も風通しが良くなったのだろうか。
「うむ、心得た。
 当然、結婚式は中止になったのじゃな?」
「はっ!
 そのゲルマニアは先日結ばれた同盟に基づき、こちらに軍を派遣すると返答を寄越しました。
 ……但し、先陣の到着は三週間後になるそうですが」
「……見捨てる気じゃな」
「皆そう思っております」
 伝令が私的な感想を挟むなどあってはならないが、そこはオスマンも流しておいた。
「そうじゃ、返事を書かねばの。
 王宮の姫殿下宛でよろしいか?」
「いえ、アンリエッタ殿下は現在、ラ・ロシェールにて防衛戦の指揮を執っておられます」
「なんとな!?」
 流石にそれは、オスマンにも予想できなかった。

 一方。
 ルイズとサイトは、学院長室の扉に耳を当てて伝令とオスマンの話を聞いていた。
 二人は城門で迎えの馬車を待っていたのだが、学院長の居所を聞いてきた鬼気迫る様子の伝令に何事かあったと顔を見合わせ、そのまま後を追ったのである。
「そんな、姫様が……」
「タルブが、焼かれた!?
 ……ちくしょう!」
 サイトがつい数日前、滞在していた村だ。
 冒険の船旅の最後に『竜の羽衣』ことゼロ戦を譲ってくれたシエスタの家族や、その友人知人が住んでいる村だった。
 ヨシェナヴェのこと、墓石や手帳に遺された日本語のこと、古びた飛行眼鏡のこと、そして、休暇だとあちらに残ったシエスタのこと……。
 それらが頭の片隅をよぎるたび、わけもわからぬ感情の高ぶりに押し流されたサイトの心は奮い立った。
「どこに行くのよ!?」
「ゼロ戦! コルベール先生のとこ!」
「待ちなさいよ!」
 駆け出したサイトをルイズが追いかける。
「あれで行くの!?
 あんなオモチャ、飛ぶわけないじゃない!」
「オモチャじゃねえ!
 あれは俺の世界の兵器だ!
 俺の国で昔使われてた、戦争の道具だ!!」
「それが本当だとしても、たった一匹の竜で何が出来るの!?
 戦列艦って、リシャールのところのフネよりも一回りも二周りも大きい軍艦なのよ!
 それがたくさんいるのに、あんた一人が行ったところで!
 それに竜だっていっぱいいるわ!
 アルビオンの竜騎士隊はハルケギニア一強いのよ!」
「シルフィードよりずっと速いし、竜なんか一撃で落とせる武器だって積んでる!
 燃料さえあったら、ラ・ロシェールなんて一時間もかかんねえよ!」
 このバカ使い魔は本気だと、ルイズは思った。
 そう、ギーシュのワルキューレを睨み付けた時、フーケのゴーレムを正面に見据えて『破壊の杖』を構えた時……あれらと同じ、本気の表情だ。
 あの時もその前も絶対に駄目だと思ったのに、この使い魔は何故か勝ってしまったことをルイズは思い出した。
「……わかった。
 いいわ、あんたを信用する!
 だから……わたしも行くわ!」
「ルイズは駄目だ!
 戦争に行くんだぞ!」
「姫様もいらっしゃるのに、学院でじっとしているなんて貴族の名折れだわ!
 それに、あんた……サイト、わかってるの?
 戦争なのよ!
 この間みたいな冒険とは違うのよ!」
「ルイズの方こそわかってないだろ!」
 二人は走りながらコルベールの研究室に到着するまでの間、ありのままの言葉を相手にぶつけた。
 先日までの冷戦状態もその後の休戦状態も、もうすっかりと頭から抜け落ちている。
「……サイト、絶対ラ・ロシェールに行くんでしょ?」
「当たり前だ!」
「わたしももちろん行くわ!
 あんたの言葉がほんとのほんとに真実だったら、あれはどんな竜よりも速くて強いんでしょ!」
「おう!」
「だったら……!」
「なんだよ!?」
「わたしが乗っていても、ラ・ロシェールまで無事に着けるわね!」
 強引な論理を振りかざす理不尽なご主人様に、サイトは折れた。
 喧嘩だって、好きでやっていたわけじゃない。ただ少し、ルイズが子供だっただけだとサイトは思っていた。もちろん、自分のことは棚に上げている。
 それにここで格好いいところを見せれば、多少は扱いがましになる……いや、もしかしたらルイズは自分に惚れるかもしれない。何せ自分は、剣どころか戦闘機だって達人のように扱える、伝説の使い魔なのだ。……と、サイトは都合良く自分を納得させた。
「……。
 あー、もー、うるせえ!
 わかった、乗っけてやるから!」
「最初からそう言いなさいよね!」
「大人しくしてるんだぞ!」
 二人はそれぞれに戦争に対する理解や覚悟が足りていなかったり、相手のことをいくらか曲解している部分もあった。
 だがルイズがアンリエッタを、サイトがシエスタやタルブの人々を、本気で心配していることは変わらない。根っこは同じだ。
 コルベールの掘立小屋……もとい研究室にたどり着くと、二人は扉をどんどんと叩いた。
「先生! コルベール先生!」
「ミスタ・コルベール!」
「何かね、騒々しい……」
 眠そうなコルベールは、それでも二人を迎えてくれた。
 この教師が居なければ、ゼロ戦は置物のままだっただろう。サイトは魔法マジすげえと、ハルケギニアという世界への理解をまた一つ新たにしていた。
「実に苦労したが、得るものも多かったよ。
 君の持ち込んでくれた『竜の羽衣』は、実に興味深いね」
 そのコルベール教諭は、サイトの懇願もあったが、学究心と好奇心の向かうまま不眠不休でガソリンを解析・製造していた。サイトが頼み込んだワイン樽三つ分……燃料タンクが九割方満たされる量が、既に用意されている。
 サイトとルイズは素早く目を見交わし、コルベールが戦争のことをまだ知らないなら黙っていようと頷いた。
「じゃあ、それを運んでください! 今すぐ!」
「あ、朝の方が風が気持ちいいんですよ!」
 こんな朝早くからとぶつぶつ言いながらもどこか楽しそうなコルベールに、二人は若干良心の痛みを感じつつも準備を進めた。
 サイトは操縦席に、ルイズはその後ろの、元は無線機が搭載されていた隙間に体を潜り込ませる。
 ルイズは手持ちぶさたなのか、始祖の祈祷書を抱えてサイトの行う点検作業を眺めていた。
「照準器よし、操縦索も大丈夫と……」
「……ほんとに飛ぶのかしら」
「娘っ子、俺っちにもこいつが本当に飛ぶって事はわかる。
 相棒が飛ぶって言ったからじゃねえ。
 そうだと『わかる』から、わかるんだ」
「なによそれ……」
「……燃料も機体も大丈夫だな。
 翼の機関銃も胴体の機関銃も、ばっちり弾が入ってる」
 ガンダールヴのルーンを利用した機体点検は、零戦本来の設計者や整備士、あるいは操縦士からすれば目を見開いてあり得ないと断言せざるを得ないだろうが、魔法あるハルケギニアではその常識が通用しない。
「先生、お願いします!」
「心得た!」
 エナーシャハンドルがないのでコルベールに魔法でプロペラを回して貰い、直接エンジンを始動する。
 エンジンは一瞬だけ咳き込んでから、無事に始動した。
「これ、うるさい!」
「黙ってろ、舌噛むぞ!」
「相棒、あの貴族に頼んで前から風を吹かせてもらいな」
 ジェスチャーで、コルベールに風が欲しいことを何とか伝える。優れた研究者たる彼は、想像力も優れているのか、サイトの言いたいことをすぐ理解してくれた。
 コルベールの杖が振るわれ、強い風が機体に届く。
「よし!」
 これならぎりぎり行けると確信し、サイトは離陸の手順を進めた。
 地面を走り出した零戦に、コルベールが何事か叫んでいる。
 だが、サイトにそれを振り返る余裕はなかった。
「ちょ、サイト!?
 壁! 壁!!」
「相棒、今だ!」
「おう!」
「きゃあああああああああああ!?」
 サイトとルイズ、そしてデルフリンガーを乗せた日本製の戦闘機は学院の壁をぎりぎりで飛び越え、朝日の中、こちらに来てから実に数十年振りとなる大空へと駆け上がった。

「へー、ちゃんと飛んでるわね」
「俺っちの言った通りだろ?」
 ゼロ戦はサイトの操縦で、順調に飛んでいた。
 しかしラ・ロシェールまでは一時間弱、のんびりと空を楽しむ余裕はない。
「ルイズ、そろそろラ・ロシェールに着くぞ」
「もう!?
 竜篭なら一日は掛かるのに……」
「それからな」
 少しだけ躊躇うような口調で、サイトはルイズを振り返った。
「何よ」
「前に来てくれ」
「ちょ!?
 何でよ?
 わきまえなさい!」
「……ルイズの潜り込んでるところに武器が積んであるんだ。
 そこに居ると使えない」
「ほんとだぞー、娘っ子ー」
「そ、それならしょ、しょうがないわね」
 ルイズは器用に身体を使い、狭い操縦席、サイトの膝の上に座り込んだ。
「……」
「……」
 どちらともなく、目をそらす。
 ルイズ、いいにおい。
 ルイズ、やわらかい。
 ……サイトは戦闘を前に、とても大切でありながら、どうしようもなく下らないことを考えていた。

 タルブに向けて更に数分、あれならどんな説明下手でもわかるというほど目立つ、巨大な世界樹が見えてきた。宝探しの最中に一度寄ったが、本当に大きいのだ。
「サイト!」
「ああ!」
 巨大な港でもある大樹は、多少、煙って見える。
 大きな戦闘があったのは聞いていたが、今はどうだろうとサイトは周囲を見渡した。
 ……視界の隅、空中に黒点が見える。
 黒点はくるくると舞うように踊り、時折地上に炎を吐いていた。
 それを阻止しようと言うのか、別の黒点が近づいていったが、更に別の黒点から火線が伸びてあっと言う間に落ちていった。
「相棒!」
「わかってる!!
 ルイズ、振り回すぞ!」
「え!?
 きゃあああああ!!」
 あれは、許せない。
 サイトはスロットルを開いて『栄』を戦闘出力に上げ、操縦桿を引いた。ルイズの身体がサイトに押しつけられる。
 戦闘巡航だった機速が、高度とともにぐんぐんと上がった。
 機体を上から降らせる一瞬に首を前後左右に振り、狙いやすそうな敵を探す。
 サイトは今更こちらを見つけたのか、隊列を崩している竜に狙いを定めた。
 前方を睨む射爆照準器に、しっかりと竜が入る。
「……!」
 今だ!
 翼の二十ミリ機関砲は、ほんの一連射で竜を文字通り四散させた。
 再び上昇旋回して次の獲物を探す。
 一撃離脱を繰り返すこと三度、三騎の竜騎士をあっと言う間に墜とし、サイトは一息ついた。あれなら機首の七・七ミリ機銃でも十分そうだ。……どちらにしろ、威力も射程も強すぎるのが難点か。
「……ふう」
 深呼吸しながら、俺は強い、俺は最強と自分に言い聞かせる。
 でなければ、勝てる勝負にまで負けを呼びそうだ。
「あんた、ほんとにすごいじゃないの!」
「まあな!」
 いや、ほんとにすげえ! ルーンすげえ! ゼロ戦すげえ!
 サイトは更に、自分を鼓舞した。
「相棒、今度は左っ側だ」
「おう!」
 十騎ほどの編隊が、まっすぐこちらにやってくる。
 サイトは機体を大きくバンクさせ、翼の日の丸を敵編隊に大きく見せながら、その周囲をぐるっと回った。水平旋回と呼ばれる、高度変化を伴わない操縦法である。
 案の定、こちらの速度には着いてこられない様子だ。
「見てろよ、奥の手だ!」
 大きな旋回を続け、コクピットから見て丁度斜め上に竜の群を捉えるよう、機体を操る。
 その内の一騎が、キャノピーの上部に取り付けられた小型照準器のレチクルに入った。
 サイトはガンダールヴのルーンを通し、敵と自機との速度差や射撃角、未来位置などを一瞬で感じ取れる。その感覚に従い、一呼吸空けてから発射レバーに手をやった。……よし!
「きゃっ!?」
 操縦席の後ろ、背中から機関砲の発射音と震動が響き、ルイズはサイトの膝の上で縮こまった。そう言えば、武器を積んでいるから前に来いと言われたことを、彼女は思い出す。
「サイト、あ、あれが背中の武器!?」
「ああ、このゼロ戦は特別製なんだ!」
 その頃にはもう敵の竜には大穴が開いており、地上へと最期の急降下をしていた。 

 サイト自身にも……操縦方法や扱いはともかく、機体の由来はよくわかっていない。しかしこのゼロ戦は、確かに特別な機体だった。
 詳細な機歴は知りようもないが、機体の記憶を紐解くならば、一度は補充機として本土防衛を担う部隊に配備され、隊付きの工廠で改造直後に敵の機銃掃射で破損、後送されて修理後再び第一線に舞い戻ったのだ……となるだろうか。
 タルブの村の『竜の羽衣』ことサイトの操るこのゼロ戦は、かつて大日本帝国海軍が運用していた零式艦上戦闘機であることは間違いないが、その改造機、通称『零夜戦』と呼ばれる対重爆撃機用の夜間戦闘機であった。
 機体には通常の武装に加えて操縦席後部に斜め上を向いた二十ミリ機関砲が一門増設されており、夜間、高空を高速で飛行する爆撃機への槍となるべく期待されていた。
 その活躍は……極少数の改造機が配備されたに留まったことと、終戦直前の混迷する戦局もあって詳細は伝わっていない。
 だが竜騎士に三倍する飛行速度と長い射程と同時に強い威力を持つ武装、更にはガンダールヴのルーンを宿す操縦者サイトの搭乗も相まって、現在のハルケギニアでは最強の一角を占める『場違いな工芸品』であることもまた、間違いなかった。

 編隊を組んでいた十二騎の竜を逃げようとした臆病者まで追撃して全滅させ、次の敵はどいつだと見回せば……。
「ああっ!?」
「ルイズ?」
「ラ・ロシェールが……姫様が……」
 竜騎士はもういなかったが、艦隊が……宝探しの時に乗せて貰った軍艦よりももっと大きいのが、十何隻も集まっていた。艦列から砲煙がたなびくその度に、世界樹の根本から土煙が上がる。
 あれは間違いなく、敵の艦隊だろう。
 地上の方はどうなっているのかわからないが、空中に味方はいない。我が物顔で敵は砲撃していた。

 二人を乗せたゼロ戦は、真っ直ぐ敵に突っ込んでいった。
「……ちっくしょう!」
「サイト……」
 サイトは怒り心頭で、ルイズには目もくれなかった。かちゃかちゃと手足を忙しく動かして、鉄のオモチャを操っている。
「相棒、避けろ!」
 ガンガンと、オモチャに何かが当たる音がした。ぐいんと急な回避で、機体が軋む。
「ありゃ散弾だ。
 大きい大砲にちっこい弾を沢山詰めて撃ちやがったんだ」
「チッ!」
 少しだけ背伸びしたルイズは、翼に穴ぼこが開いているのを見つけてすぐに首を引っ込めた。
 ああ、始祖ブリミルよ。
 姫様とこの鉄のオモチャとサイトとわたしをお守り下さい。
 祈祷書を抱え、一心に祈る。それでも不安になったルイズは、ポケットから『水』のルビーを取り出し、指にはめた。

 彼女が手にしている『水』のルビーは、アンリエッタの結婚式に於いて巫女を務めるのに必要な道具として、始祖の祈祷書───トリステイン王家の秘宝だが正真正銘中身が真っ白で、ルイズは本物かしらと幾度も首を傾げた───と共に預けられたのだが、彼女には裏事情まで知らされていなかった。
 ……トリステインにも、譲れない矜持がある。同盟締結の対価として既に切られた札である王家の血統とは別に、始祖の直系たるを示す伝家の秘宝を易々とゲルマニアに渡すわけにはいかなかった。結婚の後、我が物顔でトリスタニアの王城に乗り込まれる可能性も、全くの否定は出来ない。
 そこで、丁度都合の良い位置にいたのがルイズである。
 彼女の生家ラ・ヴァリエール家の開祖は王の庶子、確実にトリステイン王家に繋がる系譜の上、諸侯中でも最大の領地を持ち王家への忠誠も厚い。しかも当代当主は老いたりと言え、切れ者で通っていた。
 加えて娘婿には『あの』リシャールがいるとなれば、一時的にせよ王家の秘宝を預けるには十分すぎるだろう。結婚式後は、産まれてくる子供を言祝ぐ巫女役にも必要になるからなどと適当な理由を付け、そのまま預けておけるよう手も打っている。
 万が一の策としてこれ以上はないと、アンリエッタとマザリーニの意見は一致していた。

 ……もっとも、神聖アルビオンの早すぎる侵攻がそれらの努力を無に帰してしまったと同時に、予期せぬ事態を引き寄せてしまうことになる。

「あ……ああっ!?」
「ルイズ何やってんだ! まぶしいって!」
 突然、ルイズが光った。
 いや、ルイズの持っている本が光っていた。
「なにこれ、虚無の系統……って、伝説じゃないの。
 伝説の系統じゃないの!」
 サイトはルイズの手元から溢れる光によって、どう敵艦隊を攻めようかと悩んでいたところを中断されてしまった。操縦しにくいので、敵艦隊ともラ・ロシェールとも少し距離を取る。幸い竜騎士は全て片付いたのか、周囲には何もない。
「なんだよルイズ!
 いま戦争中だぞ!」
 一心不乱にまぶしい白紙の本を『読み続ける』ルイズにサイトは気をそがれ、腹を立てていた。
「ルイズ、ほんとにそんなことやってる暇ねえんだって!
 タルブが、姫さまが危ないんだぞ!」
「ねえ、サイト……」
「あん?」
 膝の上から見上げてきたルイズに、サイトは一瞬どきりとした。
「……わたしってば、伝説みたい。
 ……選ばれちゃったみたい」
「はあ?」
「サイト、この『ひこうき』とやらを、あの大きな軍艦に近付けて」
 わけの分からないことを言い出したご主人様にサイトは首を傾げたが、戦闘中であることを思い出し食ってかかった。
「それが無理だから悩んでんだろうが!
 味方は艦隊が全滅したって聞いたろ?
 俺達が負けたら、敵のフネは誰も止められないんだぞ!」
「……わかってるわよ!
 だからでしょ!
 さっさとこのオモチャを敵に近付けなさい!!」
 いつもの調子に戻ったルイズに、ぐっと押し黙る。……視線を逸らすこともできないほど、目に込められた力が尋常じゃない。
 だがサイトは、このまま悩んでいるより、何やら秘策があるらしいご主人様に賭けた方がいいことだけは、本能的に理解した。
「相棒」
「……なんだよ」
「真上だ。こいつを敵艦の真上に持ってきな。
 そこに死角がある」
 なるほど、敵艦は横っ腹に沢山の大砲を並べているが、帆が邪魔で真上に向いている大砲はない。……前に乗せて貰った王様の軍艦には斜め上に撃てる大砲はあったが、特別製だと聞いた覚えがある。
 サイトは大きく吼え、スロットルを全開にした。
「よっしゃ、やってやらあ!!」
「ええ、やってやるわ!!」
 言葉通り、二人は『それ』を完璧にやり遂げた。





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